多くの患者さんが家族に言えてないのですね。そういう時に本人にどのようにしたらいいのかを聞いておきたいような気がします。それから経営者に話しておられますが、私だったら多分話さないと思うのです。それは家族も非常にこの病気を隠したがりますし、診断書を書くときにエイズとは書いてくれるなと何度も言いますので肺炎と書いて終わらすのですが、そういうことを考えると話せる範囲はかなり限られているような気がします。いい悪いということではないのですが、これも難しい問題だと感じました。
西立野 イギリスではどんな事情でしょうか。
Andrew プリンセスアリスホスピスでも同じような症例を見たことがあります。一人のエイズの患者のことを思い浮かべてお話ししているのですが、家族に知らせてくれるなということをはっきり言ったばかりでなく、ホスピスに来る前に医師とナースに対しても、白血病だという自分の嘘を一緒についてほしいということを依頼したのです。問題は本人がホスピスに来たときには痴呆になっていたために、どのような形で家族に何をどう知らせるのかということを相談することができない状態になってしまっていたのです。その時点でもう既に患者の問題ではなくなって私どもの問題になってしまったので、患者が当初私どもに依頼した嘘をつき続けるのか、それとも患者の気持ちに背いて真実を家族に伝えるべきかというわれわれサイドの問題になってしまったわけです。
このケースで私どもが学んだことは、患者が意識がなくなった、理性を失ったという場合に本人に代わって判断してくれる人を指名してもらうように説得するということでした。必ずしも家族のメンバーでなくてもいいので、本人の希望する代理人の指名を取り付けるべきだということでした。
英国においてはもう一つ困難がありまして、死後に書かれる死亡診断書の情報は必ずしも守秘義務がないということです。ですから死んだ人の情報がほしい人は誰でもそういった記録を管理しているセンターに行ってわずかな金額で死亡診断書のコピーを手に入れることができる状況にあることです。私どもでは死亡証明書には単に肺炎と書き、その原因については書かないでおき、数日を経て統計を管理している政府の統計局に対して、守秘情報であるということで情報を出しました。これは誰の手にも入ることのできない情報です。
西立野 日本ではネクスト・アキンというのかキーパーソンと呼ぶのか、その方の法律的な立場というのがあまり明確ではないと思うのです。ただそういう形で代弁者を得ればスタッフのほうの問題は少し解決するのかもしれないと思うのですが。
武田 法律としてはどうかわかりませんが、エイズに限らず癌の場合でも本人が私の病名を言わないでほしいと言ったときには言ってはいけないのではないかと思います。それは本人のきわめてプライベートな医療情報ですから言えないことが私の病院ではありました。その場合に困るのは医療者でした。治る癌の場合でしたらなんとなくうまくいってしまうのでしょうけれど、お亡くなりになるほど悪くなっていく場合に家族がその理由がわからないということになりますので、攻撃の的に医師、特に看護婦がさらされます。それで亡くなったあと初めて実はご主人に止められたから言えなかったのだということを担当婦長と主治医が話しましたら、奥様が申し訳なかったと言われたこともあります。病棟スタッフはだいぶ食ってかかられていたようです。
もうひとつ、ネクスト・アキンは本人が指名してあれば問題ありませんが、私がそうだよと言ってきたときに日本の病院はその同定の仕方が非常に甘いと思います。誰だかわからない人を家族ですと言えばああそうですかと、わりあい簡単に信じているところは私たちは気をつけておく必要があるかと思います。
西立野 守秘義務というので電話での問い合わせにどの程度情報を与えるかというのがいつも問題になるのですが、病状を聞いてきたりするのですが。こちらは相手の確認ができないのです。
日野原 私はそういう電話を受けることが非常に多いのです。いちばん困るのは、たとえばロータリーの会員などは親しいでしょう、友達が入ったのだがどうなのかと聞かれたりする。うっかり言いたいような気持ちになるのだけれども、そういうときには、こういう友人の問い合わせがきているのですが、あなたからでも話されますかとそのように私はしています。
この症例も、私は回診して知っているのですが、どうしてもいやだと自分で言っている場合に、やはり言うことはできないと思います。悩むのはわれわれ周辺の人ですが、主人と奥さんとの関係についてはわれわれには情報がないのですよ。
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